原子力の日に、20年前からの手紙を見返す/アポリアを超えて [日々の雑記]

10月26日は原子力の日でした。
半世紀ほど前、東海村で初めて原子力発電に成功した日です。

それから数年して行われた大阪万博の開会式、
故郷福井にてつくられた原子力発電所から送電された電気が、
万博会場を照らしたそうです。
プロメテウスの火をヒトがコントロール出来ると信じていた時代。
でも神話に続きがあるように、パンドラの箱が開いてしまいました。

19歳、チェルノブイリにて事故が発生。
故郷である福井県には多くの原発が立地している、
また地元の電力会社で働く親戚も何人かいる、
当時20歳の浪人生だった自分にとり、
すごく悩んだ事故だった。

1988年RCサクセション「カバーズ」発売。
清志郎はその不安感を的確に表現。

1990年黒澤明監督晩年の作品「夢」
放射能にキレイな虹色をつけたことで起こる未来を描く。

1991年、
当時東京大学の学生だった建築史家の五十嵐太郎氏は、卒業設計にて
バブルの頃もてはやされた東京湾のウオーターフロントに
原子力発電所を計画。

「原発が、絶対安全というのなら東京湾に、放射線の影響が千年以上続き、
 モニュメント化する原子力発電所をつくったら、という皮肉を込めたプロジェクトです。」

同じ頃、福井大学の大学院生だった僕は
学芸出版社から出されていた「建築思潮」という雑誌の企画で、
「地域を考える/福井」というお題のエッセイを書く機会を得ました。
悩んだ末に選んだテーマは福井県にいっぱいある原発だった。

世の東西を問わず建築は、
成立したその時代のテクノロジーや思想、経済力、文化等を示してくれます。
20世紀は機械や電気によりヒトの暮らしが大きく変わった世紀です。
ではその最先端といえる原子力発電所には、
時代を表すだけの建築的様相があるのか。
すでに建っている施設を、
見て見ぬ振りする様なデザインにしておくべきではないのではないか…
そんな気持ちで書いた文章でした。
そして、賛成とも反対ともつかないけれども、
自分が将来携わるであろうデザイン、建築設計を通して、
原子力発電所という存在を問うてみたい…、
おおげさですがそんな風に思っていました。

いま読み返すと勉強不足であり、とても乱暴で稚拙な文章です。
でも当時の自分の悩みが伝わってきます。
そしてその悩みは今も続くどころか、大きくなっています。

以下、20年前の文章ですが、記録したいと思います。
稚拙な文面、お許し下さい。
R1004821.jpg

原発のある風景

これは、福井県若狭地方のある海水浴場の風景である。
関西・中京方面からも毎年夏になると多くの海水浴客が訪れる。
写真は波と戯れる少年達、目前には当たり前のように原発がある。
近くには「のんきや」という民宿があった。

原発は建築だろうか。
建築とは何なのだろう。電気をつくる工場だろうか。
あれは「原子力発電」という中身を入れるために、
最も適した「かたち」をしているのだろうか。

モダニズム建築といわれるものの中には、
20世紀初頭の工場建築が挙げられることがある。
古代において神殿が、中世においては教会が、
そして機械の時代、生産の時代20世紀が工場建築を、
その時代の人々の共通の世界観が現れているとするならば、
若狭の原発はそのようなかたちをしているのだろうか。

時代を担うエネルギー、
そこから語られる「ことば」は「かたち」に翻訳されているのだろうか。
その「かたち」は新しい「ことば」を紡ぎ出しているのだろうか。
電気というものが今の時代を、暮らしを支えるものであるとすれば、
あの風景こそが今の時代を表現するものでなければならないはずである。
そしてそこには建築家が不在である。

かつて僕が幼かった頃、
福井の敦賀に初めて出来た原子力発電所が、大阪万博の灯を点した。
テクノロジーによる祝祭。
建築家達もまた、そこに多くの夢を託したはずだ。
あの時、建築家はもっと原子力発電所のデザインをしなかったのか。
もし建築家がデザインした原子力発電所というものがあったなら、
今の原発論議はずいぶんと変わっていただろう。
建築家にはそれ位の力があるのではないか。

いまだ僕はこの風景を前にしてなす術がないのだ。
福井では放射能の恐怖より、この話題自体がタブーになっている。
まったく都合良く、田舎という地域性によって、
この風景が出来上がってしまっている。
これでいいとは思わない。
だからといってこの風景の得意なかたちから、
目をそらしてしまうことは許されない。
原子力発電に対する賛否の議論とは別に、建築家は、
この風景の中に見出すものがあるのではないか。
かつて熱狂したテクノロジーへの信仰の後始末はいまだなされていない。

原発の存在感を考えること。
「原発のある風景」は今の建築を語るよりずっと面白い。
面白いという言葉は適切ではないかもしれないが、
建築自身がこの問題を避けて通れない。
そして、この風景が福井に現に存在する以上、
この風景より新しい建築の「ことば」を「かたち」に
見出していくことが、
福井という地域より導き出された「かたち」となる。
またそれは、
地域を越えた「かたち」としての共通の「かた」を求めることにならないか。

福井に住む人々はこの風景をもっと武器にすべきだ。

何をはっきり基準にして原発に対する態度を決めたらよいのか。
…(中略)…
皆さんがこの海水浴場に来てこの風景を実際に見て欲しい。
日本の、世界のいろいろな建築を見る様に見て欲しい。
この風景を自分の心の中に実際につくり上げて欲しい。
…(中略)…
福井を都市のゴミ箱にだけは落とし込みたくない。










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